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biological

海のいのちをAI技術で未来へ

[東京:日本]

サンゴ礁とそこに住まう海洋生物たちの環境を、アクアリストのノウハウとIot・AI技術で再現。
すべては人と海洋生物が、この先も共生していける未来のために。

Voice : イノカ COO/竹内四季氏

「環境移送技術」とは

我々が作っているのはサンゴ礁の生態系をそのまま水槽の中に再現する「環境移送技術」です。沖縄の海の環境をそのまま水槽の中に再現するようなイメージで作っています。これまでは水族館や研究機関でも飼育が非常に難しかったサンゴを、長期的且つ健康的に飼育できる技術です。サンゴの周辺に住む生態系・生き物たちも水槽の中に50種類以上存在しており、非常に生物多様性密度の高い水槽となっているのが最大の特徴です。
水槽の中では、光・水流・水温といった様々なパラメーターで調整を行なっています。例えば、光に関しては沖縄の太陽のスペクトルを再現していて、朝、自動的に明るくなっていき、夜は沈むようになっていたり。水温も沖縄の瀬底島の海水温を自動でトレースして、水槽内にIoTのセンサーとヒーターを活用し反映させています。また、水槽管理システム・モニカという旗艦システムにデータが飛んで、水温のデータも蓄積されるようにしています。カメラデバイスにより、サンゴの健康状態を定点観測できるようになっていて、サンゴの色や状態を画像認識AIで解析し評価するといった実装も行なっています。
「環境移送技術」によって、沖縄に行かないとできなかったサンゴの研究が何処でもできるようになったので、重要にも関わらず中々これまで進んでこなかったサンゴの研究が、飛躍的に進んでいくきっかけになると考えています。海の中だとサンゴ礁が死に続けている状況ですが、映画ジュラシック・パークのように、この水槽の中ではサンゴ礁の生態系が保存できるので、遺伝資源の保存・保全そのものにも繋がっていく技術です。

 

「ブルーインフラ」であるサンゴ礁の危機

サンゴ礁は色々な生き物が生きていく上でインフラ的な役割を果たしています。例えば海洋生物の25%はサンゴ礁に住んでいます。サンゴ礁には海洋生物が生きていく上で天敵から身を守ってくれる機能があるので、たくさんの命を育むことができます。海の中では生態系のマンションのような役割、または街そのものといっても過言ではないと思います。
しかしこのサンゴ礁は20年後には8割〜9割が死滅してしまうと言われています。主に地球温暖化による海水温の上昇がかなりクリティカルな問題です。それ以外にも海洋汚染や、それによるサンゴの天敵の増加だったり、そういったことによってジュラ紀から生きてきたといわれるサンゴが、人間の活動によってあと20年で大部分が死滅してしまうというような状況に追い込まれています。相当深刻な問題ですね。

 

増田AI

イノカ のCAO(Chief Aquarium Officer)・増田直記は本当に生き物が好きすぎるが故に、小さい頃からずっと生き物の観察眼を培ってきた結果、サンゴに関しても見ただけで健康かどうか、太っているか痩せているか、そういうことまで分かります。一般的な人が見ても、サンゴってそもそも生きているのかどうか分かりにくいですが、増田はサンゴの気持ちが分かると言っても過言ではありません。増田は視覚情報をはじめ、複数の情報から判断しています。そのような増田の一つ一つの判断要素をセンサーや画像認識に置き換えて総合的なAI技術にしていこう。というのが環境移送技術のひとつの開発コンセプトでもあります。社内では通称「増田AI」と呼んでいます。
増田が個人の職人気質でやっているところを、生態系の中を適切に評価して、パラメーターを管理しながらコントロールしていき、汎用的な技術として活用している。これが増田をAI化したもので、環境移送技術のコアな部分になっています。

 

サンゴ礁からの恩恵に人類はどう応えられるか

サンゴは知れば知るほどサスティナビリティの象徴だなと思っています。共生を考える上でも、サンゴの周りには十万種類の海洋生物が住んでいるというインフラのお話をしましたが、生態系全体を作っていくのがサンゴというのも非常に面白いです。またサンゴは人間に対しても非常に恩恵を与えてくれています。例えば護岸効果ですね。サンゴ礁の島があるのですが、国土の保全効果があったり。サンゴ礁から取れるタンパク質や、いろいろな遺伝資源が、製薬やがん治療に活かされていたりします。サンゴ礁の周辺は本当に豊かな漁場になりますので、食用面でもたくさんの人を支えてくれます。そういう人間に対する恩恵も与えてくれているところが面白いですね。
しかし、サンゴ側からの恩恵に対して、人類はサンゴを破壊してしまっているという、持続可能な関係が築けていないという観点で特徴的な生き物だなと思います。そういった点を総合するとやはり重要な、地球上の中でも特筆すべき生物だと思っています。

 

サンゴ礁に秘められた経済的インパクト

サンゴに関しての経済的なインパクトは主に2つあります。1つは生物多様性という観点。もう1つはカーボンニュートラル、いわゆるブルーカーボンに対して貢献することができます。この二つは経済合理性と結びつけやすい観点かと思います。
ひとつ目の生物多様性に関しては、サンゴの中にいるたくさんの生物から得られる遺伝的な資源を製薬や科学といった領域に応用できる可能性があります。たくさんの種類の生き物たちが生物資源の宝庫にもかかわらず、それが未開のまま失われようとしているというのが問題です。例えばオワンクラゲというクラゲから発見された蛍光タンパク質は、日本のノーベル賞も受賞していて、今はがん治療に活用されていたりします。そういう未知の生き物から発見される未知の物質や遺伝子が今後人類の発展に大きく貢献する可能性が高いと思います。こういった宝の山をしっかり保全していくことは、企業として、社会として取らなければいけない選択だと思います。
ふたつ目のカーボンニュートラル・ブルーカーボンについては、サンゴというのは二酸化炭素を吸収して、それを骨として固定化するという、炭素固定の機能がありまして。ペットボトルも、炭素をあの形で固定しているという点では炭素固定機能があるのです。それを自然に、燃やしたりせず、サンゴは生きているだけで炭素を固定化してくれているので、その分空気中に放出される二酸化炭素が少なく、温室効果ガスも削減してくれます。こういった観点から海洋の中でも重要な生物資源であり機能を果たしているサンゴを、大きな方向性として保全する方向で、社会的な合意形成がなされていくことは間違いなくメガトレンドになっていくと思います。それを我々の手でしっかりと行いたいと思っています。実は日本って世界でも有数のサンゴ大国なのです。世界の造礁(ぞうしょう)サンゴという800種類ほどいると言われているサンゴ礁の半数は沖縄から鹿児島県の辺りに生息しています。そういった観点でも非常に海洋国家です。海洋生物多様性の資源国である日本が、世界の海洋生物多様性資源のルール側にしっかり入っていくことが必要だと思っています。

 

生き物センタードな社会へ

イノカ は人と自然が共生し続けられる世界を目指しています。今まで人類は、生態系の中では自分たちが中心主義。ヒューマンセンタードな考えをしてきた結果、周囲の自然に対して省みることなく破壊活動をしてきてしまっていた。その結果、長期的に見ると人間自体も生態系からの恩恵を受けられなくなっています。そのように自滅的な方向に向かっていってしまうような社会を今まで作ってしまっていました。
我々はこれからは生き物センタードな社会にしていきたいなと思っています。生き物というのは人間も含んでいますが、人間が中心ではなくて、人間もたくさん存在している地球上の生き物と同じ、ひとつの生き物である。そういうことを自己認識することによって、他の生き物とどう関わっていけば、人間社会というものが、生態系の中で持続的に他の生き物と共生できるのか、模索できるのではないかと思ってます。
我々はそのために、個人レベルでは生き物に対してしっかりリスペクトをし、生き物や生態系の知識など、自然科学をベースとした素養というものが人類に備わっているようにしたいです。それを元に会社レベルでは、誰もまだ取り出せていない生態系の価値というものを取り出し、いろいろな資源を人類のためにどう活用できるか、というような観点で企業活動を進めていく。そういった企業が集まっていくと、国際的なルールとして、生物多様性を大切にしている会社に資金が集まるような金融ルールづくりなど、そういったところまで見据えて世の中を動かしていけるのではと思っています。

 

人と自然が共生していくために

まずは小さいところからで言うと、あなたの周りにいる生き物1匹をとにかく面白がってもらうところから始めればいいと思います。これまで人間と自然というのはある意味二項対立的に語られてきた部分はあるのですが、他の生き物との関わりというのは当たり前に日常の中に存在しています。例えばマンションのベランダに出たらハエがいた。それをこれまでだったら邪魔だなと思って手で払い退けていたところを、「このハエはなんでここにいるんだ?」という、そういう不思議に気づいたり、生き物の視点になって捉えてみたりすると、すごく色々なことに対する解像度が上がってきます。個人の人生としても面白く豊かになっていくと思いますし、そういう人が増えていくことによって、これからの環境や自然と人の共生というものが進んでのではないかなと思います。まずはあなたの周りにいる生き物に関して不思議を見つけるというところから始めてみてはいかがでしょうか。