絹織物が紡ぐ、いのちの循環
[京都:日本]
現代のファッションデザインと、伝統工芸である絹織物を掛け合わせたブランド「MORI WO ORU」。
そこには2000年の歴史の記憶、そして自然と人の生態系が編み込まれていた。
Voice : 森を織る 小森優美氏
知らなかった。その無知がブランドを生んだ
私はシルクというテキスタイルが本当に好きで、サステナブルやエシカルファッションをテーマに活動していたのに、デザイナーとして素材のことをまったく知らなかったんです。これは私だけでなく、多くのデザイナーが「素材がどうやって作られているのか」をほとんど見られない環境にあるからだと思います。その背景には、産業があまりにもグローバル化していて、プロセスが分断されているという現実があります。たとえば養蚕に携わっている人は、その蚕がどこでどう使われているのかを知らない。糸を作っている人も、それがどんな布になって、どんな人に届くのかを知らない。みんなが、それぞれ自分の役割の先にあるものを知らないことに気づいたんです。
自然に近い暮らしから見えた、ものづくりの全体像
コロナ禍をきっかけに、東京よりも自然に近い環境で蚕や桑を育ててみようと思い、京都に移住しました。養蚕の先生に学んだり、自然豊かな京都で桑を植樹したり、そんなことから始めていたら、「デザイナーで養蚕をしている人は珍しい」と注目をいただき、いろんな人から「この産地にも行ってみたら?」と紹介を受けるようになったんです。ちょうど時間もあったので、全国の産地を旅して回るようになり、気づけば知り合いだけで服を作れるようになっていました。
そうして、モノづくりの全体像を自分の身体で理解できたとき、「ブランドをつくってみよう」という気持ちが初めて芽生えました。
自然の恵みとともにあるテキスタイル
シルクは、触り心地が良く、染色も美しく仕上がるという素材としての魅力がありましたが、現地で生産の現場を見たり、関わる人の話を聞いたりしていくうちに、驚くほど深いレベルでシルクを理解するようになりました。シルクには2000年以上の歴史があり、無数の人々と自然が関わり、蚕の命をいただくことで成り立っている。だからこそ、蚕の命を供養する祭りが各地に残っていたり、そこには「祈り」という文化が存在していたりもします。まさに“文化度”が非常に高いテキスタイルで、私は深く感動しました。
シルクは自然素材でその産地は例外なく「水がきれいな場所」です。清らかな水でしか美しいシルクは生まれないからです。そういった土地の風土に根ざしたものづくりは「工芸」として脈々と受け継がれてきました。自然の恩恵を受けながら、感謝を持って生産に関わる人々。そういう背景があってこそ、シルクという素材は単に「サステナブルな素材だよね」と数値で語れるものではなく、人が自然を大切にしてきた歴史そのものが織り込まれた素材なんだと感じるようになりました。
「継承していく」という使命感
先進国ではクラフトや工芸は衰退していく傾向があります。日本でも同じですが、それでもまだ残っているのはなぜだろう?と疑問に思っていたとき、多くの人との話から見えてきたのは、「使命感」でした。「自分がやめたら、これがなくなってしまう」という使命感。自分だけじゃなくて、周りの環境や人、それこそ地球のことを考えた時に、自分がやめてこれが終わるよりも、ちゃんと続けたいっていう思いそのものが産業を持続可能にしてるんです。それは自分が好きだからやりたいより、もう1段深いテーマだなと思っています。大変な産業でも、自分が担って次の世代につなげる、そんな長いスパンで考える人たちがこの産業を支えていることに、私は心を動かされました。
パリが「MORI WO ORU」の出発点に
2024年3月のパリ・ファッションウィークに出展したのは、「MORI WO ORU」を始めるきっかけにもなりました。当初は、日本の工芸を感じるブランドを探してるということで、別のブランド「リブラ」への出展依頼があったのですが、ちょうどその頃「MORI WO ORU」の構想が始まったばかりだったので、新しいブランドで出展してもいいか伺ったところ、快く了承していただきました。この機会を目標に据えてブランドを始め、ファッションウィークでは実際にいろいろな方が見てくださって、多くのフィードバックをいただき、メディア露出も増え、海外からのオファーも届くようになりました。とても貴重な経験でした。
日本で完結する服をめざして
現在、日本国内には約140軒の養蚕農家、7軒の製糸工場があります。織物や染色の工程は数があるのですが、一番少ないのが養鶏と製糸、つまり「原料」に関わる人たちです。私たちは、埼玉県秩父市の養蚕農家さん、長野県岡谷市の製糸工場さんにお願いして、ぜんぶ国内で完結するものづくりを始めています。とはいえ海外製の糸と比べて国産は4倍の価格なので、すべてをすぐに切り替えることはできませんが、少しずつ国内生産の比率を上げていきたいと考えています。
「生態系」としての織物産業を再生する
「MORI WO ORU」では、「絹織物産業を通して、人と自然をつなぎ直す」をコンセプトに掲げています。織物産業は非常に分業化されている中でものづくりをしています。例えば1社が失われれば全体が崩壊してしまう可能性を常に抱えています。これは自然の生態系と同じ構造で、ある生物がいなくなれば、環境が変わり、連鎖的に崩れていく。人間の産業にも同じことが起きていると思っています。人も生態系の中に存在してるし、自然も生態系ですし、「生態系の再生」というのが自分の中のテーマなんです。そういう形で産業を、いろんな人と協力し合いながら再生していくと、結果的に地球の生態系も人の生態系も再生されていくだろうと考えています。